ぼっちぼちの旅日記

各地の鉄道の懐かしい思い出を写真と共にたどります 。

カテゴリ: 関東地方 国鉄

月曜日は大変な雪でしたが・・・
 
土曜日は快晴だったので、今年の撮り始めに東海道線へ出かけてみました。
 
その前に、二宮の吾妻山の菜の花がきれいだと全国紙にも乗っていたので行ってきました。
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山頂付近の雲も取れ、優雅な富士山と菜の花の競い合いを楽しむことができました。
 
さて、撮り鉄初めの開始です。
まずは、藤沢駅でE259系をパチリ。臨時特急のようでした。
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次は、二宮駅でEF66を。
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あまりにも天気が良いので、早川-根府川間で、海をバックに東海道線を撮りました。
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おなじみのE231系です。
 
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EF66の引く貨物列車です。
 
さすがに冬の日は短くて、あっと言う間に日陰がトンネルに迫り、これが今日の取り鉄の最後となりました。
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186系の踊り子号です。
青い海に映える列車も見て、今年の取り鉄初めを堪能しました。
 
次回は、久しぶりに昔の鉄道写真に戻ります。
 
では、ぼっちぼちと。

足尾線を撮影した帰りに前橋駅でスナップした写真です。
 
当時は、サロ85を格下げしたクハ77が運転されており、運良く乗車することができました。
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一等車の格下げなので、車内は写真の通り豪華なシートが設置されており、とても得をしたような気持ちになりました。
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C50も見かけました。小山区の機関車で、前年(1968年)まで両毛線で営業運転を行っていたようです。写真の当時はすでに入替用として使用されていたのでしょうか。
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前橋駅には引き込み線があり、貨車の入れ替えに専用のDLが使用されていました。
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では、ぼっちぼちと。

せっかく鎌倉に来て何もせずに帰るのはあまりに残念。昔を思い出して散歩をしてきました。まずは、瑞泉寺。鎌倉らしい小さな山門でした。
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やはり瑞泉寺は花の寺です。芙蓉の花が見事でした。
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ここから天園ハイキングコースを登り、一汗かきました。六国峠からは鎌倉が一望できました。
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遠くに富士山の姿も。
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やがて建長寺の伽藍が眼下に見えてきました。
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やっと建長寺に到着。ハイキングコースといってもロープ場もあり、久しぶりの山道を楽しめました。
 
建長寺はさすが鎌倉五山の第一位。見事な三門です。
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本日の〆は静かな佇まいの浄智寺。ここで小さな秋を見つけました。
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では、ぼっちぼちと。

「ホリディ快速鎌倉号」に乗って武蔵野南線を体験してきました。
 
まずは、西国分寺駅で「ホリディ快速鎌倉号」を待ち構え、先頭車に乗り込みました。
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残念ながら、運転席の後方窓にはブラインドが下がっており、やむなく最後尾に移動し、走り去る風景を撮影することにしました。列車は府中本町を過ぎ、南武線と並行して多摩川を渡りました。
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渡り終えると、間もなくトンネルへ。
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トンネルを出ると、すぐ次のトンネルへ。
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次のトンネルは短く、出ると何か見覚えのある風景。稲城駅近くの高架線で、前回の撮影地でした。
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次のトンネルを出ると横に線路が広がっています。
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横に貨物列車も停車しており、そう、ここは梶ヶ谷のJR貨物センタでした。
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貨物センタを過ぎると再びトンネルへ。
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トンネルを出ると、今までの風景と一変しました。武蔵小杉の高層マンション群の
真ん中でした。多摩川からここまでトンネルを15分ほども走ったでしょうか。
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しばらく行くと新鶴見の操車場で、武蔵野線の貨物列車を追い抜きました。
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続いて、横須賀線新川崎駅を通過、しばらく横須賀線と並行しました。
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いよいよ武蔵野南線も終盤、トラス橋で東海道本線をオーバクロスしました。右手奥に京浜東北線が走っています。
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続いて鶴見川を渡り、
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鶴見駅のホームのない側線に停車、乗務員が交代しました。
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線路脇を見ると、ゼロキロポストが。
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すは、武蔵野南線の起点かと喜んだのですが、識者に伺ったところ、鶴見駅から桜木町駅まで伸びている高島線の起点だそうです。ここからは普通の横須賀線ですから、風景撮影はこれにて終了。

終着の鎌倉駅で「ホリディ快速鎌倉号」を見送りました。
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電車の窓って、意外と汚れているんですね。不鮮明でお見苦しい写真ですが、115系の長年のご苦労に免じて、ご勘弁を。
 
では、ぼっちぼちと。

The Musashino line was planed as a alteranive freight line for the Yamanote freight line before the World war II. The plan was suspended during the war, and the construction was started from 1964.

Also the construction was acceralated for safty and security reason, after the accident of a oil freight train in 1967. A freight train hitted the jet oil freight train and 4 oil cars were burst into flames at the Shinjuku station.

The Musashino line was planed for the freight dedicated line, but the plan was changed to append the passenger service because of the local resident's request.

The passenger service of the Musashino line was opened in 1973, and the Musashino south line, from Fuchu-honmachi to Tsurumi began the freight service in 1976, but the south line treats still the freight service only.

Only some special trains, the express "Burari (Tatami mat) Kamakura" and the rapid "Holiday Kamakura", pass through the south line at the seasonal service basis.
 
The Musashino south line is consisted of some long tunnels. Why is that? It is mysterious. See the map.
 
The express "Burari Tatami mat Kamakura" passed throught the Musashino south line on 18th September 2010.
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Also a oil freight train passed.
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Another mysterious event is "Hebi-yori (Making the snake with daylily straws )" at Myouken-gu shrine in Inagi city
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A panel introduces "Hebi-yori" in Japanease.
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Last photo is Myoken-gu
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See you next.

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